写真とカメラで 人生に彩りを

家族の写真を集約する

昨日、我が子の写真を数枚のSDカードとiPhoneから集約したところ、約8Gのデータ量になった。数か月前、大量の画像データを失ったけれど、今のところ見つからないのは初節句の写真のみで、嫁さんとの出会った頃の写真も発掘することができた。急いでバックアップ取らなきゃ。

 

ぼくの目はポンコツ

コンタクトの検診で、眼科に行った。右目の度数をもう一段上げますか?と聞かれ「お願いします」と伝えて併設のコンタクト屋さんでチェックしてもらいながら「のろんさんの右目はもう矯正できないんですよね、恐縮ですが」との言葉。もう何年も前から聞いていることなので分かってはいるけれど、実際耳にすると痛い。「もう一段分だけ上げられますが、どうします?」あと一段分しか矯正できないってことか。しかもそれを上げても大して見え方に変化はない。乱視がひどすぎるのだ。眼科医は「できるだけコンタクトの装用時間を短くするよう、強く勧めます」と話す。着けないと見えないんですけど。残りの人生、僕の右目は持ち堪えてくれるのだろうか?

レンジファインダーが左肩に付いてて本当に良かったな。

 

ピントの合わない目で、ファインダーを覗くということ

病院の帰り道、やっぱり少しだけ落ち込みながら考える。自分の目がピント合わないのに、カメラの性能をなんだかんだって気にするのもおかしな話だ。もしかしたら自分では良く撮れたって思っていても、他の人から見ればピンボケなのかもしれない。OVFもEVFも関係ない(どっちかと言えばEVFの方が自分の目にとっては矯正が効いてていいのかもしれない)。だからファインダーを覗くと世界が見える気になるのか自分!カメラが趣味になって良かったな。目が見えなくなったら困るな…

 

 

数年前まで、人生がモノクロだった

思えば、ほんの数年前まで、人生のどん底にいた。「2016年までには、どうにか人生のマイナスをゼロまで戻そう」と必死だった。その当時、目にする景色って本当にモノクロに見えた。ACROSとかじゃなくて、空襲後の焼け野原のようなモノクロ。気付けば結婚し、子どもが産まれ、家族の歩みを上等なカメラで記録している自分。

写真の出来映えを気にするなんて、どんだけ幸せなのか。自分の家族の写真を残せるなんて、すでに最高じゃないか。

人生に、彩りが戻ってきている。

 

100記事目に寄せて

写真とカメラは人生に彩りを与えてくれましたが、ブログはその歩みを記録に留めると共に、歩みの後押しをしてくれています。

人生の後半戦をどのように歩むか、時々はふり返りながら、できるだけ前を向いてやっていこうと思います。

元々何もなかった男なのだから、怖いモノなど何もない!

 

 

 

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